千尋の谷から這い上がれ!
獅子は、我が子を、千尋の谷に落とすと言う。這い上がってこなければ、王者の資格はないのだ。私は、いみじくも、今、それをしている。
事務局長代行に、これまで私のしてきた事を、すべて、そのままの状態で、ぶつけている。どうじゃ、やってみろ。と言う具合だ。
現実問題としては、ぐうの音も出ない、というのが正直なところだ。でも、私は、敢てやさしい言葉はかけない。それは、本人が、惨めになるからだ。立派な獅子にならんと欲すれば、他人がどういうかなどではなく、本人が、どう自分をモチベートするか、どう自分自身を鼓舞するかにかかってくる。
自分自身を鼓舞できるようになれば、言い訳をしなくなる。その時点で、主体は、他人から、自分に変わっているからだ。
多くの人は、他力本願だ。誰かが、何かをやってくれる、そう思っている。しかし、実際は、誰も、何も、やってはくれない。だから、不平不満がたまる。それは、他人に主体があると言うことだ。発想が根本的に違う。
自分が、自分の想いを語り、その想いに向かって動く。自力本願。有言実行。こういう発想の場合、できなかったら、言い訳は考えない。理由を考え、それを打破する方法を考える。発想が根本的に違う。
本当に、紙一重の世界だ。しかし、この紙一重の世界が、大きな差となる。千尋の谷から、這い上がってくるのを、楽しみに待っている。



















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